大空テントから上岡龍太郎

2016.09.30(15:13)

未だにパペポでの鶴瓶と龍太郎さんの相撲対決前後を覚えている。
負けへんでと言いつつ大阪城公園(関西人ではないので立地不明で思い込んでた)ではない場所で
イベントをやったのも覚えているし 結局バックレて代理にテントが来たのも覚えてる。
なので龍太郎さんの弟子テントということはDNAに入ってる。合掌。

そこで久しぶりに龍太郎さんの画像を拝見。綺麗なジジイでいてくれてるなと思いながら
キッチュとラジオでもめたのも聞いたり(キッチュデビュー数年は好きだったがこれは酷いね)
あちこち懐かしい映像を見ている。正直これは泣けた。

内容もさることながら やはりこの人の講釈師っぷりが気持ちがいいのだな。
今でさえ泣けるのに 死んだときにこれ見たら号泣だろうな私。

土曜半ドンの中学校帰りに親戚の家でお昼ご飯を食べる日常があったときに
フジでやっていた新婚カンピューター作戦や日曜お昼前のラブアタックは見ていて
当時はどうにも彼を好きじゃなかった。関西のバタ臭さが子供心に苦手だったのだろう。

ところがいつの間にか好きになっていた。たぶんパペポのおかげだったと思う。
元から横柄な物言いの人だが パペポで可愛い側面を見たせいかと。
ビデオに残しているパペポを見る術がないのが悲しい。

EXテレビも散々見たなぁ。東京より大阪の方が面白かった。
当時はまだ呑んで帰ってもテレビをつける習慣があった。最早ないねそんなこと。
11PMが23:15分開始。EXはもうちょっぴり遅かったかな酔って帰って調度いい時間。

あちこちテント関連から龍太郎さんの話がヒット。
死んで尚、表に出すとは師匠孝行な弟子だったなと。。。

良い時期に引退したと誰もが言うけれど。
本当にテレビが面白い時代の最後だった。テレビが大好きだった。
自分の中でもネットに取って変わられたけどテレビの楽しかった想いには叶わない。

あーこんな懐古論で〆るつもりじゃなかった
肝心な事忘れてた。このニュースのおかげで龍太郎さんの息子
「ショータロー」が映画監督になったのはうっすら記憶していたが
なんと映画版の破門を撮ってる人だったとはびっくらげてしまったというオチw
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