無題

2014.11.17(00:00)

婆さんが逝き早や3週間以上経つと言うのに一向に不安定な精神状態が改善しない。
コドモな頃から今に至るまで問題を起こしては散々迷惑掛けられ一生の重荷であったから
正直肩の荷が下りて心がラクに軽くなるものだとばかり思っていたのに意外でならない。

そして金にもならぬことは大嫌いだが こういうことだけは金にならずとも自己分析しないと
これっぽっちも前に進めない自分がいるのも判っている。
時間の無駄なだけなのに。タイムイズマネーの精神に反するが仕方がない。

いずれにせよ去年の心臓大手術からの生還からのホームでの更なる問題行動により
他の方の居室引越しの費用を捻出せざるを得なかった怒り。その後の調整。
そして今年の脳梗塞からの特養探しや結果など これほど翻弄されたこともなくそして
それこそ私の面目躍如でもあり婆さんの快など以前の問題で「自分のために」「変なやりがい」のあることだった。
それが全て無になった喪失感から未だに抜けることが出来ない。もう少し。

3分の距離なスーパーやジムに歩いて行くのも出来ず 車で動く事ならなんとか行ける。
事情を知る友人がいる遠いジムに週一話に行くついでに買物する他は本当に引きこもり。
まぁ殆ど買物もせず冷凍庫在庫でずいぶん長く食べているが。
起きてから寝るまで読書と映画と雑用でなんとか凌いでいる。
幸い見るもの読むものがアタリで助かってはいる。

眠くはなるので横にはなるのだが ほぼ毎朝5時までまんじりともせず布団の中。
婆さんだけに限らず父親にも。「悪い意味で」『されたこと』『されなかったこと』の
数々数々がフラッシュバックでキツクて仕方がない。
いままでも慣れ厭うてきた 胸の下あたり。お腹の上。みぞおちの奥の不快な痛みが
夜明けまでじんじんとしては苦しくて仕方がない。
どこかで気合で乗り切らなければ このままでは鬱病まっしぐらだ。
今更なってられるか鬱病など。

何の頼りにもならず信用のおけない情の薄い両親であった。彼らは死ぬまで子供だった。
彼らの頭の悪さで先祖伝来の資産を食潰し 幼少から乳母日傘で育ってきた私を途中から
突き放したどころか自分たちの失敗を私のせいにしてスケープゴートにした。
親のやることではなかった。

彼らのおかげで強く生きざるを得なかったけれど 当たり前に親に甘えたくて仕方が
なかった。他の誰かに甘えては更にケガをしながらまた強くならざるを得なかった。
その事に心底疲れてしまっているし 未来を見渡しても寂しさしか眼前に見えてこない。
結局やはり他者に甘えたいのだ。この歳になってもないものねだりで腹の底に異物を
抱えている。

こんな歳になっても私はフツーにフツーの親が欲しい。恥かしいがそれを解消できない。
当たり前の親子関係が欲しい。死ぬまでないものねだりをするのだろう。
だから異性にもおのずと「父親的愛情の保護」を求めてしまう。
年上の優しい同性なんかいた日にゃ「母親的愛情の保護」を求めてしまう。
それなり問題はあれどこれは以前は叶えられたからちょっぴりはシアワセにいられたと思う。
皆オトナだったから。いまの私の周りにはコドモしかいない。
望むと望まずに拘わらず 物理的に私がオトナになったとは言えど。
しかも賢い人が少ない。どんどんバカになる。頭のいい人と話さないとダメになる。
中庸でいたい。フラットでいたい。心優しくいたい。心穏やかにいたい。いまムリだ。

甘えられもしない者が死んだ事で更に目の前に侘しさを叩きつけられたような気がする。
今のところの結論はこれかな。これぐらいならまた少し時間が経てば頑張れるかなぁ。
しかし歳かな 頑張れる自信が枯渇しているのも自覚がある。
笑顔の要素が一つもないや。

ただただ他人様の優しさに飢えているのだと思う。が他人は他人だ。
信頼するとバカを見る。いい加減で学習しなくちゃ。泣くのが悔しくて自己嫌悪になる。
自己憐憫になるくらいの方が頭悪そうで良さそうなんだけどな。
ただのバカってことで済むじゃんそれって。
でもバカになれるのが一番利口だなってわかってる。だから私は馬鹿なんだ。


#ありがとう 言霊のおかげで少しだけ頑張る気になれる。

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