これが老猫介護というものなのかと

2012.06.07(00:00)


病院に行ってからというもの猫より私のやる気がなくなっている。
それなり元気でいるけれど トイレでの滞留時間の長さ。
ここ暫く便が少なくなってきたこと トイレでの問題を再度考え直す。
膀胱炎もそうだが実際腫瘍。ガンかガンみたいなものなのだろう。
対症療法しかないのは承知でやるしかないなと思ってきたけれど
まだたった4日で既に参っている。


毎朝5時に起こされ一通り水エサやり。次は7~8時に起こされ次は9~10時と
夜中眠れない私には地獄の午前中となった。うとうとすると「ニャーっ」
更に睡眠不足になっていくんだろうなぁ。それってココロがささくれることとなるは
必定なので どこまできちんと愛情を持って接していくかが課題だわ。


まだ自宅点滴などの処置をするまでには至っていないから楽だけど
いざのとき私がそれをやれるかと言えば自信がない。なさ過ぎる。
幼少時は私自身通院が多くて他人の注射まで喜んで見ていたものだけど
何時の頃からか自分のは元より テレビや映画でもとにかく針が体内に刺さる
場面を見ることが出来なくなってしまった。そんな私に出来るとは思えない。


で、今日もなるべく出掛けないようにと 1時間半&30分に外出を分散した。
結局毎日布団でしっこするようになった。軽いとは言え1枚とは言え
毎日ベッドパッドなどの大物を洗うのがかなり苦痛。
今朝も洗って干して さぁ寝る前に敷きましょうと布団の上に立つとまたしても
足元が濡れていた。いつの間に。。。夕方出掛けている間にしたと思われる。
今度はダブルのシーツでまたデカイ。猫のためにダブルの布団を買い頻繁な洗濯が
大変だからこそ敢えてシーツをしつらえた上にシングルのベッドパッドを敷いていて
それを外したらやはり当然の帰結かと。。。


そこで「あぁこれって介護になるんだ。これから毎日介護の始まりなんだ」と。
人間様の介護よりは格段に楽なのは判っているけれど これはこれでキツイなぁ。
今まで実家猫は何匹も若くして死んだから老猫自体が始めての経験なのよね。
一応行き着くとこまで生きて欲しいけど 人間介護と同じようにもう…と
思うことが出てくるのかもしれない。
今でも無責任に大丈夫長生きするよと言う人がいるけど そんなのにも腹が立つ
ことが増えるのかもしれない。
そもそも今まさに死んでも満足なくらい愛情を注ぎ込んでいるのだもの既に腹立つw
なんであんたにウチの子の死期を計られなきゃならんのさと。
で、いざ死んじゃえば辛くて仕方がないくせにね。デモデモダッテの輪廻は必定。
どうしたもんかなぁ(とほほ



がんばれオレ がんばれピエール


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