正確には26日夜だけど

2009.11.28(00:05)


板橋のキチガイ婆の息子 つまり従兄弟なのであるが久々電話をくれた。
そーいや以前に誘われたときもクリスマスイルミネーションが瞬くミッドタウンであったな。
またたまには食事しようとお誘いながら 延々1時間ばかり話す。

イイ歳ぶっこいたオッサンオバチャンの従兄弟同士が話すことと言えば親の愚痴。
メインはそれ以外ないだなこれは。そうそう他人様に解っていただける話じゃないし。

古い古い30年も前の話を今更。彼は自分の親のこと私を助けられなかったこと謝罪する。
板橋にいた私は使われることもない目の前に置かれた従兄弟のオリベッティのタイプライター
レッテラ何番だったかなぁアレでブラインドタッチを覚えたのだよと。
だからあの地獄の日々はあながち全てが悪いことだけではなかったよと。
まぁそーじゃなくとももっと良い環境で覚えたには違いないだろうが。

当時の親たちの年齢や状況 家系のビミョーな関係 養女にきた身内などなど。
結局誰かをスケープゴートにしなきゃいられないヤツラの中で私が一番被害にあって
そして肝心な私の親は助けなかった。これは身内関係に限ったことではないが。
なんだかね 少しだけね 今にしてわかってくれる人がやっと現れたと思ってね。
とうに遅いし過ぎたことだし 当時は私たちも子供でどうにもできなかったし。

某有名外資の表面は紳士な従兄弟は話すたびに300万で婆殺してくれないかと
私に言う。ちょっとイヤだし話半分だけどココロの叫びだとも解る。死に待ち。

そして板橋とウチの婆の妹つまり叔母が今年の夏前に亡くなったとのこと。
これも驚いたが従兄弟自身も最近知ったそうだ。
やはりキチガイ三姉妹の子供だな 亡くなった叔母の娘は誰にも知らせずひっそり
葬儀を済ませたそうだ。私もハナからそのつもりであるから痛いほど気持ちがわかる。
密葬とかそれぐらいしか私たちにできる復讐が今ではもうないからだ。

今のところ私にできることは叔母の死をウチの婆に教えないことかなぁ。
教えたところで表面上泣きまねするのが判るだけに見るに耐えないもの。
フツーの姉妹なら東京にもきたことだし脳溢血で何年も寝たきりであった叔母に
会いに連れて行けと私に言うのが筋だろうにただの一度もそんな言葉は出なかった。
ヤツラは本当に自分のことだけしか考えないのだ。思いやりの欠片もないのだ。

そして私の不安はいきなり脳関係で倒れても面倒見てくれるような人がいないことだ。
今でも助けてくれる人はいない。あんな親たちでも子供がいるだけ後始末はしてくれる。

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