婆さんが脳梗塞になった18最終章

2014.10.29(21:28)

正しくは婆さんが脳梗塞になってから肺ガンになっただなぁ。。。
そして特養大作戦の看板を外すつもりが土壇場大逆転劇にて心穏やかならず。

25日
老人ホームに戻れないのと余命一週間弱との見解が医師より明白にされたので
同時進行で退去しなくてはならない部屋の片付けに朝から行く。
バリアフリーの部屋に移る前後も地獄だったが またしてもこの作業でガックリ。
業者を呼ぶのも予約がエラク先だったり落ち着かないので頑張って車にみっちりと
家具を乗せハードオフにて処分。がんばった。。。

26日
午後から再度ホームにて搬出作業。今日は凄い重量モノだったので人に頼む。
今日はトレファクで荷物処分。帰りに病院に寄るが変わらず安定とのこと。
暗くなり夕飯の買物しながら帰り道。来ていただいたばかりなのに危ないと電話。
20時30分死亡 あちこち連絡やら段取りやら。ぐったり帰って4時迄だるだる呑んだ。

27日
病院で荷物引取りや死亡診断書を貰う。埋葬はまだなので死亡届は日延べにした。
とにかくホームに行って一日遅くまで仕分け搬出作業。29日も搬出。まだ終わらない。

28日
特養大作戦の最終章。
9月24日に終末型ではないが素晴らしい施設Cの入居待ちが決定したわけだったが。。。
もうそれどころではなく療養型病院の選択肢。それもムダになったわけだが。。。

なんと死ぬほど希望していた近所の終末型K園より「入居の準備をしてください」と電話。
もう明日にでも手続きに行け すぐにでも入居が出来るところだった。

前記Cは元よりこの終末型施設。どちらも申し込んだのは8月。たった2ヶ月で決定。
こんなに早い段階で特養に入れることなど信じがたい出来事と皆さん口を揃える。
「あ り え な い」 
特に終末型なんてダメ元もいいところの申込だったのに。。。

亡くなってはしまったが 今回の脳梗塞から肺ガンまで関わった施設や病院や関係者と
何から何まで停滞なくするすると幸運な流れでやってきた。運が強すぎると言われた。
そもそも東京に引き取ってアパート暮らしをさせながら現在のホームの入居待ちですら
2ヶ月くらいで決まって驚いたものだった。

特養の件もそうだが自分で言うのもアレだけど私の腕だと思う。やることやるから。
母親のことで私自身が私自身のすべての運を使いきってしまったような気がする。
肺ガンさえならなければ素晴らしい老後が待っていたのに。
電話のタイミングがあまりにひどいので悔しくて悲しくて爆発しそうだった。
友達に愚痴電話と愚痴メールで吐く。はらわたよじれるほど悔しかったのだもの。

なので特養になかなか入れなくて困っている人も諦めずに頑張って欲しいと思った次第。
たいして変わったアクションをしているわけではないと思うが 微妙な交渉の機微はあれ
大袈裟にならず。そして真摯に。必要なことだけを話し。お願いした結果です。
普通であれば言わない事柄も話し 素直に助けを求めるのが何事も一番である。

31日
病院の会計が出て支払いに。その足でホーム片付け。
last1.jpg
この前にコレと同じくらいの量を先週出している。とりあえずコレでおしまい。か。。。
本当に後から後から数ヶ月に渡ってこの荷物の片付けが地獄の日々だった。それもおしまい。
あとはこれとは別に家に持ち帰った荷物もリビングを占拠しているので追々処分していかねば。

last2.jpg
あとは明け渡しを待つばかり。

今日また隣接地の特養から合格通知が。また悔しさにブチ切れそう。切れないけど。
このありがたい連絡が苦痛なので早く申込済の施設にお断りを入れたいが暇がない(苦
ぼちぼち追々と動いて行かなくては。。。


死にさえしなければ高笑いで大団円に終わっていたはずのカテゴリーでした。
本当に暫くこのショックはひきずりそうである。悔しくて悔しくて悔しくて。
今日はやっと少し落ち着いた時間が出来たのでうp。 これにてこのカテは終了。
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婆さんが脳梗塞になった17

2014.10.16(00:00)

もう特養大作戦ではなく療養型病院大作戦に軌道修正。

16日
AM10病院にてホーム職員ケアマネソーシャルワーカー看護士Dr2人を交え全体会議。
本来であれば本日退院の予定を決定だとか ホームに戻れるか他を探さざるを得ないかの
結論が大まかにでも出る予定であったが またしても胸水が溜まり入院が伸び経過観察となる。

抗がん剤の用件
・認知症がないこと ・抗がん剤治療により悪効果を生まないこと
現状を鑑み抗がん剤治療は難とのこと。

本日以降2週間以上は入院。
携帯酸素の件などクリアとしホームに戻る方向で一応話は進むが、いずれにせよ経過次第
余命も半年生きれば良い方かと Drは療養型病院を強く推奨。

SW 昨日の電話を受け超近所のKT病院が好感触とのことだが「タイミング」8~10万?
情報提供所などDrの書類がないと申込不能にてこれまた経過待ち。

PM1:33電話もあり。金額的にホーム+介護保険でも療養型病院と変わらないしホームに戻って
また色々な人が介在したり、再入院の可能性など考えるとそのまま療養型がベターかと考えた。
2週間後を待たず並行して療養型を申込みし、ウマウマ10/31に転院が出来ればホームの利用料を
含め助かると一応話す。(でも変わらないか いいかギリギリでもと夜思い直す)
前回リハ病院にいたことを話すとSWの対応が変わったので比較してもみる。前の方が高い感じ。

夕方KT病院に電話問い合わせ。
クレカ× P無料 TV1000円カード13時間 オムツは寝たきりの人で3万円ほど
医療区分1に(なって?変化があるらしい)8万円弱とか9万円弱とかよくわからん。アメニティ込。

まさにジムで仲良くしてくださる方のご母堂がKT病院入院していたばかりなので差し支えなければ
明細を教えてくださいと連絡してみる。介護度や年金収入など違うので一概に同じとは言えないが
10万円強だったそう。

病院9月分(9/26-9/30) 17、918円  レンタル用品 812円
デイケアセンター 8、045円  ホームヘルプステーション 1、399円(急遽入院の為減額)
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現状で動きが取れず 来週あたりからまた病院探索が始まるかと。

19・20日
近隣15軒の療養型病院かたっぱしから検索して内容調査。細かくはやはり直接問い合わせないと
なかなかHPだけの情報では何も考えようがない。ホントに実務てネットじゃラチあかず苛々する。
2軒は少し問い合わせしてみた。

病院SWにも電話でその後の調べを聞くが動いてなさそうな気配。
前回考えた通りこの月末とか急いで転院しなくてものんびりでも良いという意向を伝えておいた。

22日
午後病院から電話で状態が悪く医師の説明をしたいとのこと。
5時までに行くと伝え行くと医師不在。5時に不在ならそう言えば無理に行くことなかったのに。
痰がつまり呼吸が苦しかったとのこと。排泄して酸素大目処置で危険度も一段落とのこと。
ただまたいつガクっと悪くなるかもしれないとのこと。居られないのでともかく帰ってきた。

いずれにせよもうホームに戻るのは完全に無理。療養型病院に移ることもかなり厳しそう。
半年一年どころか年内どころか 今月末来月あたり現在の病院で終わりそうな気配。
療養型の調査までもムダになってしまうのは如何ともし難く残念でならない。
明後日医師面談アポ取る。

23日
また状態悪い連絡あり明日の面談を前倒しに医師と話そうにもあちらの都合がつかないまま
また安定したので今日来なくてもいいですよとのこと。

24日
闘病はさておき もうホームの退去も同時進行で行かなくちゃならなくなったと認識。
朝一番で少し衣類等処分の支度に大3袋。こないだ終わったばかりでまたこの作業か(苦

10時半医師面談。今日明日はたぶん大丈夫だろうが経験上一週間はダメでしょうとのこと。
モルヒネ~眠剤追加。モルヒネは痛みには有効だが呼吸の苦しさには効かないので眠剤使用となる。
付き添いもできない病院で 状況としても居るに居られず帰ることに。
病院に行ってない時間の夜半や明け方の「次」の電話が山かな。
とにもかくにも私自身が潰れないように頑張らねば。

婆さんが脳梗塞になった16

2014.10.07(00:00)

脳梗塞からリハビリを経て再入院と一難去ってまた一難 特養への道のりは険しい。

3日
別の特養Y苑より 入所に向けた面接に今日伺いたいと電話が。
今日に今日?という疑問もさることながら 急遽再入院と事情を話すと「そうですか」と
何の話もなく電話終了。こちらも起き抜けで意識が廻らずどうにもならず。なんだろね。

連絡がタイムリーにつかず今日より支援センターのケアマネとメール連絡開始。
これは時間気にせずラクチンで助かるし 日常の雑事に追われ忘れてしまうことも多々あり
文章に残るのは大事。いつメアド教えたんだかそれすら忘れている次第。

6日
病院から洗濯の件で電話。当面病衣を依頼。70円/回 ナニソレヤスイ
木曜10時に医師面談決定。それにつけても未だに検査結果が出ていないのは何故?
培養云々だがそこまで掛かるのか?ともあれ現状の結果を踏まえた中で面談のこと。

入居待機が出た特養C S野氏に現況報告がてら相談。
一応2番目(1番は3年半待ちの要介護5の方だそう)であることと、現在入院中の方もおらず
現実的に年内に部屋が空くのは無理だろうとのこと。無理期間が判るだけでも成果。
今回の入院で更に体力も衰えホームに戻れるかどうかも判らない中で老健も視野にしつつ
空きを待つしかないでしょうとのこと。
これから更に老健の探索選定申込など考えただけでこちらが発狂しそうだ(苦

Y苑から連絡がきた話も一応通しておく。正直に話して相談してしまった方が良いかなと話すが
こういうのは敢えて言わない方がいいのかな?この辺の匙加減がチト解りきれぬ。

8日
ホームにすっかり忘れてたオムツ処理の依頼。入院支度時にそこまで手が廻らなかったので。
ケアマネにも近況メール。

9日
AM10病院面談
胸水に関する処置や経過説明。胸水は殆ど血液にて排出し洗浄するも肺内にこびりついた血液が
取りきれないで放置するよりない。オペ等物理的に取る話はなかったので有効ではないのだろう。
して。。。肺の影がどうやら腫瘍。腫瘍ってことはどうやらガン。大きさからしてステージ4だと。
ここへきて土壇場大逆転だわー。1ヵ月強の大変な特養申込の苦労が泡と消えてしまった感じ?

いずれにせよ年内に特養に入ることは無理であろうが この状態で受け入れてくれるかどうかを
また相談しなくてはならないのと 状態からして療養型の病院を探すという選択肢を出される。
というか選択肢とも言えない一択系。マジで詰んだな私。。。と思う。

現状は本人意思の疎通も出来たりピンシャンしてる。
ポータブルトイレも使える。歩行器もOK。酸素濃度が安定していないので在宅酸素?をホームで
使えるならいつ戻っても構わないくらいのこと言われた。ここも急性期の病院なんだねだからだね。

そこで食事にミキサー食が可能かとか 歩行器タイプの酸素を使えるならどうかとホームに問合せ。
一応 特養や療養型の病院の空き待ちまでの「つなぎ」としてならなんとかOKとの回答。
しかし医師の管理等を含め最終的にどういった判断をくだされるのかは不明。
ダメとなったら今度は病院探しだわ。また特養申込と同じ&離れた地域で更なる苦労は自明。
日数制限との闘いで婆さんが死ぬまでは一生終わらないマラソンが始まる。

現実にガンの確定診断は下りておらず 未だ検査結果も出揃っておらずで来週に持ち越しだが
いずれにせよ余命半年~1年未満ではとのこと。
ガン保険にも入っておらず もう使える保険もなく 確定診断する意味もないねと医師と話す。

一昨年心臓の大手術 今年は脳梗塞の手術と 散々術前術後とCTやMRIなど検査してきたろうに
なにゆえ肺の腫瘍がわからなかったのか理解に苦しむ。ステージ4ってことは一昨年や少なくとも
今年のオペ時には既に育まれていたろうにさ。

特養大作戦の看板を外さなくちゃならぬかもしれない。
何から手をつけていいかわからないよパトラッシュ。とにかく参った。

10日
AM8:30(苦) ケアマネTEL。これまた来週同席させてくれのなんのの話。もういいよなんでも。
本人の為にホームで居易い環境を提案していくのは仕事だとは解るが それ以前に居難い状況を
作り出すのではと不安。いろんな人が介在することにより退去命令が出そうな気がする。

11日
AM10 担当医からTEL。抜いたのにまた胸水が溜まるので呼吸器科に転科することへの流れから
来週の面談に呼吸器科医も同席。よって20日の週に退院予定がおのずと延長にとのこと。
これまた呑気だ。退所になってお金の面倒見てくれるならもうどうにでもしてよという感じ。
そんなことするわけもないから いずれにせよもうどうにも勝手にしてくれだ。

14日
もうね本当に特養申込の苦労がパーというのが自分の中で恐慌を来たして心底腹立ち荒れていた。
3日荒れたので今日は療養型の病院というのを調べてみた。病院ソーシャルワーカーに提示されたが
昭島市(どこだよ昭島って。。。知らないよ)金銭的な兼ね合いがあるから遠い地域なのは解るけど
もうちっと近場で安いトコあるかもしれないなとリストアップ。

15日
その約20件を電話で伝えて調べてもらうことにした。明日全体会議中にそんな話したくないから。

婆さんが脳梗塞になった15

2014.09.01(00:23)

1日
9時半に病院に。PC不具合で会計に時間がかかるとのこと。小一時間待てど復旧せず。
処方薬など受取 ホームに連れ帰る。4月3日からだから本当に今回の入院は長かった。
保険金が今日まで出たらおいしいのだが出ないのだなぁ(苦

行って荷物などの整理しつつ介護用品レンタル屋さんが来て手すりの設置と契約。
そのあと1時半より関係者集合で今後の予定と方針の全体会議。
月水土デイサービス(うち入浴は週2) 木ヘルパー家事 となる。

現実には手すりも歩行器も本人は面倒で使わないと思うので不要とは思うが万一を想定し
なんとか使わせる方向とする。忘れずに今朝持ったウチの在庫おねしょシーツもセット。
衣類ケースは私がすべて整理してしまったので 引き出し一つ一つに見出しをつける。

そして個別にデイサービスと介護ヘルパーの契約。
先日の介護支援センターの契約と同様 どちらも重説の読み合わせが(苦
いずれにしてもヌルイ重説でまったりのんびりした業種だなぁと思った。
言わないけど違反だわw おかげでいくらか時間短縮で良いのだけど。記入書類もいっぱい。

病院から会計できたと連絡があり支払を済ませて帰ると6時近かった。丸々一日でぐったり。

3日
AM10過ぎ 地区の特養cから電話が。今までの担当ではなくS野氏
9月の判定に向け来週あたりホームに面接に行きたいとのこと。戻ったばかりで慌しいなぁ。
一段落したばかりだし こんなに早く連絡があると思っていなかったので意表を付かれた。
そんなに早くまた引越しかぁとブルーになるが それこそありがたいことで喜ばねば。
それだって優先順位次第でそれなり待たされるのだとは思うからまずは対応せねば。
一応婆さんとホームにも電話でその旨話しておく。
欲を言えば本当は終末型に入れたいのだけど それを待つ余裕はなかろうかと(苦

CK園にも退院の連絡をするが担当者S藤氏不在にて申し送り依頼。

4日
AM10過ぎCのS野氏12日のAM10:30面接決定で立会いの確認。ホームにも連絡済とのこと。
昨日不在だったCK園のS藤氏も電話で1日からホームに戻った確認の連絡。

12日
CのS氏ともう一人 AM10来所で本人を含めた&含めない面接が小一時間。
ここは理学療法士もいるし 周りに何もないところなので余計な心配いらず良いところ。
なかなか好感触ではある。24日の午前中会議に掛けるそうでその足で連絡くれるそう。

二週間にも満たないのに早速部屋に脱いだ衣類が規則性なく掛かっている。不快極まりない。
急性期の病院に寄って診断書取り付けかんぽ申請。3週間ほどで本人口座に着金予定。

19日
ホームから連絡あり。数日食欲がないそう。
リハ病院の末期におかゆを食べたいとワガママを言いだしたことがあり 水分制限があるため
医師からお許しが出なかったのを踏まえ ホーム診療所の医師はOKを出してくれたとのこと。
それを私に許可を求めてきた。食べないわけにもいかないのでお任せするしかないのにね。
特養に入ろうかという土壇場になって食事が取れず「胃ろう」にでもなったらそれこそ大変だ。
無事入所しても「胃ろう」では退所となり 老健なり何なりをまた地獄の思いで探すことになる。
気が抜けないなぁ。。。まぁ気ぃ張ってても何の意味もないのだけど。

24日
特養C S野氏から電話。
午前中の選定会議で無事婆さん合格したとのこと。やれやれありがたや。
いずれにせよ現況で空きがある訳ではないので空き待ちを現ホームにて待つ流れ。
その決定の前に終末型の特養に入所決定になれば一番ベターなのではあるが
こればかりは贅沢というものか。いずれにせよどちらも来年4月までに入れないと
介護認定の階級が変わる可能性もあるので油断しているわけにはいかない。
勝って兜の緒を締めよ(勝ってないけど)

26日
前から興味深々だったココスのモーニング行ってダンスクラス(今日は難しくて楽しかった)
電話が入ってて何事かと思ったら なんと婆さんが具合が悪く病院へとのこと。
このところ食欲がないのを聞いていたが 食べないせいか?ワーファリンの効果が強く
血がサラサラ過ぎるのと酸素濃度が良くない&肺にまた水分が溜まってるとのことで
なーんと再度入院に。入院支度をして手続き等夜までバタバタ掛かってしまった。
一応検査処置となるが病院に任せるしかない。

明日はどうしても外せない来客。うっかりすっかり忘れてた明後日は明治座。
いやはや。。。ともあれ余程のことがない限りは大丈夫でしょうとのことでお任せする。
本人もとりあえず会話も出来てピンシャンしてるしね。一応は良かったが来週悩むんだろうな。
車検もすっかり忘れていたよ。早く予約しなくちゃだ。一難さってまた一難。
特養どころじゃないぢゃん(苦

29日
病院。様子を聞くが医師不在にて後日面談の設定連絡という。電話ではダメだそう。
看護士に軽く聞くが少なくとも2週間は退院しないであろうとのこと。
あわせてオムツも持参するよう言われるが院内で出してもらうことにする。
オムツの件はパット重視でと依頼するがリハ病院と違い気が利かぬ対応のようだった。
とろみ剤も使用とのことで売店で買うが貸し出し分も返済くださいとのこと。

30日
病院より明後日夜に面談設定の電話あり。
未だ検査の結果が出ていないそうなので面談する意味がないだろうと断り改めて設定要望出す。

婆さんが脳梗塞になった14

2014.08.27(16:03)

22日
急性期の病院とリハ病院に急ぎでもないしと棚上げしてすっかり忘れてた診断書提出に。
それと19日に申請した負担限度額認定証が届いた!これで高いところも射程距離となる。



23日
退院日報告:隣接地A苑(担当者不在 大野氏申送り依頼)/T園H氏不在
個床特養2軒目のCK 担当者不在月曜より出勤にて後日TEL

PM2 在宅介護センターMよりTEL
デイサービスを考えていたが空きがなく ホーム関連のところなら毎回風呂もOK
サービス中の食費も敷地内のホームに戻って取れるので別料金は不要。
なので週2から週3に増やしてはどうかとのこと。施設内月水土と週一ヘルパー手すり含め
概算で9月は月11回¥14,427 10月は日数が増えるので¥16,000弱くらい。
あとはオムツ代が加算となるが 不要オムツのいただきものもあるのでそれも使ってよいと
なにやら至れり尽くせりで 勿論ありがたいが妬ましい気持ちが膨れ上がる。。。

ホーム内での趣味催事に行きたがるであろうからデイサービスはあまり回数を増やす気には
なれなかったが 施設内で誰がその別棟ルームに連れて行くのかという問題だそう。
本館まで段差もたくさんだし 出席を禁止しても見守りがなくとも本人は行くのは自明。
現実にはデイサービス自体でも趣味催事をやるのに更にやると言うに決まっている。
デイサービスとヘルパーを趣味催事とかぶらせ阻止しようと浮かび確認の電話するが出ず。

25日
AM10個床特養CK園にTEL 27日AM11見学訪問予約
それから更にホーム片付けとテーブルを買いに。ベンチチェストや引き出しなど処分。
前回M氏と相談したように家具の配置を変更。ウチのカウンターチェアも持参で手すり代り追加。
やっとベッドに寝具を敷けた。長い道のりだった。もう家具は増やしたくはないが衣類を入れる
何かをひとつ買わねばならないかなというところ。

趣味催事の確認
(月)AM体操PMコーラス (火)月一AM英語 (水)ヨガ (木)PM転倒予防体操 (土)御詠歌
月水土はデイサービスで問題なし。ヘルパーを火曜に当ててやるかね(ニヤニヤ

27日
AM11CK園に訪問 S氏♂ 前回の個床特養と経営母体が一緒なので説明は半減かな。
これまた前回同様に必要書類を持参したのでその場で申込書入れられて助かる。
200人待ち。判定は9月で二ヶ月に一度あり。調度良いタイミングでしたねと言われる。
リハビリは提供せず(CC苑では話なかったがたぶん同じだろう)「看取り」で自由度が高い。
日程は申告したが退院後もう一度報告電話をくれとのこと。

問題は。。。前回の簡易売店やヤクルトやパン・菓子の訪問販売があるということと何より
大きな商業施設が近く皆さんが買物に出られるそうだ。これが一番困ること。
また「ゴミ」が増えるは必定。小遣い渡さないにしてもそれが済むかは大きく疑問と問題。
入れたら有難いけど良過ぎる環境は些か困るなぁ。CC苑の方なら田舎で良いのだが。。。
本当にどこも帯に短し襷に長しを実感する。選べる身分じゃないのが辛いところ。

PM1:30
在宅介護 S氏♂に相談TEL
事情を話してヘルパーを火曜に希望するだけしてみる。結果はまだ不明。
退院日はレンタル業者の契約にかなり時間が掛かるらしく希望時間に終わらなそうなので
自分の鍼灸予約を取り消すことに。
特養申込書の現況報告欄とホーム側の摺り合わせをそちらからお願いしたいと話しておく。
呑気に「大丈夫です いつまでも居住できます」なんて言われちゃ敵わんからな。
実際は特例的に居させてもらえ現実の対処には間違いなく問題あるので大丈夫とは思うと。

合間に昨日から再訪住友MRと自分の保険の見直し。先進医療特約付帯の連絡して書類待ち。
Aflったらすごいわー。先進医療99円/月で主契約につけられる。うれしー速攻で付ける付ける。

29日
退院前の最後の片付けにホームへ。余程1日の退院時にとも思ったが落ち着かないのも嫌だし
気になって朝寝もできないので寝るの諦めて 頑張って行ってなんとか目鼻がついた。
帰りに病院にも寄り最後の洗濯と 一向に退院についての連絡もないので聞いてみようと。
注意事項もこれとなく「退院おめでとうございます。9月1日(以下会計時間)」の紙ぺら1枚という
なんだこれ度が高いw どうでもいいやもう。

脳梗塞~特養大作戦

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